わたしたちが3ヶ月という限られた時間の中で取り組んだ『ヒロシマナガサキ被爆60周年祈念平和イベント』は、ヒバクシャへの追悼、平和への祈り、核廃絶への決意、戦争責任、次世代への希望というテーマが重層的に織り込まれたプロジェクトとして、大成功を収めることができました。舞台をつとめたアーチストの方々、裏方を支えた50名以上の若いボランティアさんたち、それを組織したJfPひとりひとりの会員による凝縮した活動の成果だったといえるでしょう。会場となったフェデレーション?スクエアに集った1000人余りの聴衆を感動させたこの歴史的イベントの模様をお伝えしたいと思います。
8月7日(日)、わたしたちの『ヒロシマナガサキ被爆60周年祈念平和イベント』(Hiroshima/Nagasaki
60th Commemorative Event)がついにやってきました。朝から重たい雲が立ち込めていましたが、2時のコンサートが始まる直前、奇跡的に青空が拡がってきました。野外ステージには竹で組まれた献花台が置かれ、神聖な雰囲気に包まれています。草月流華道家、新保逍滄さんの献花セレモニーが始まりました。Anne
Normanさんの尺八が流れる中、ラン、菊が丁寧に捧げられていきます。犠牲者への鎮魂に最もふさわしい白い花々、その花びらが入った折り鶴を受け、白い衣装に身を包んだバレリーナ、佐藤真左美さんが「花吹雪の舞」を踊ります。原爆で命を落とした多数の少女たちの魂が、佐藤さんに乗り移ったかのようです。佐藤さんは「西洋の伝統芸術であるバレエの技術から人間の心理描写を創造し、表現させていただきました。人間は生きもの。踊りも生きもの。停止することなく、同じ形のままでいられることもない。しかし、消えることのない事実こそが歴史となっていくのです」と踊りに込めた思いを語っていました。
新保さんの献花が続く中、一般公募から選ばれた詩「Sonnet of Peace」を作った Jacqui Lauさんが(MacRobertson
Girls High School、10年生)「この地上に再び楽園を」と最終句を読み上げると会場は暖かな拍手で包まれました。今、わたしたちが佇んでいる土地を何万年もの間守り育ててきた先住民の人々への尊敬の念をこめた挨拶に続き、広島、長崎両市長からのメッセージが紹介されました。両市長とも被爆の実相を次世代に伝えてゆくこと、核廃絶を必ず実現させることを誓っていました(両市長のメッセジは全文が当サイトに掲載されています)。
総合司会 Gillian Jones さんがコンサート開始を宣言。プログラムでは、ヒバクシャの悲しみ、嘆きをイメージした曲目がいくつか演奏されました。国際的に活躍するDuo
Solの角田美樹さん(バイオリン)、Caroline Almonte さん(ピアノ)による「鳥たちの歪んだ時2」、佐藤さんの迫真の踊りが入った「哀歌」は、時田深山さん(琴)、JfPのメンバーでもある南川節子さん(ビオラ)が演奏。36歳で亡くなった原爆詩人、峠三吉の「人間をかえせ」をJfP の若手メンバー桜井杏奈さんが南川さんのビオラをバックに日本語と英語で朗読すると会場は静かな緊張感が漂いました。
そして和太鼓(竜胆、ムラサキ太鼓)、三味線(只野徳子さん)の演奏になってくると雰囲気が楽しく、活気に満ちてきました。見ていた人たちもリズムに合わせて身体を動かしています。日本独特の楽器が珍しく聴衆の関心をひきつけていました。特に、昨今、和太鼓はオーストラリアでも大人気です。一方、18歳のディジリデユー奏者Tjimba
Possum-Burnsさんの地の底から響いてくるような音と、Norman さんの尺八の渋い響きが微妙にかみ合ったアボリジニとオーストラリア人ふたりの演奏。パキスタンに赴任していたころ、インダス川を眺めて出来上がったという芦田克則さん(キーボード)自作の曲「夜明けのインダス」に坂本敏範さん(太鼓)、大久保裕美さん(フルート)、Normanさん(尺八)、さらに身体を白く塗ったブトーの人たちの踊りが加わって、まさにマルチカルチャルパフォーマンスが展開されました。
ディジリデユー奏者Tjimbaさんを紹介してくださったアボリジニ?アート専門家の内田真弓さんに感想を伺うと、「たくさんの観衆の皆様が大変真剣な眼差でステージを見つめていらっしゃった姿がとても印象的でした。そして各アーティストのみなさんの素晴らしいパフォーマンスにもうただ、ただ私は鳥肌ぶるぶる立てて見入ってしまうばかり!本当に見事なステージでした」といききと語ってくれました。
パフォーマンスをはさんでゲストスピーカー4人が発言しました。Lyn Allison
オーストラリア民主党々首は「原爆がもたらしたヒロシマ、ナガサキの悲劇にもかかわらず現在3万発もの核兵器が存在しています。共に核廃絶のために行動しましょう」と呼びかけました。タヒチから来たフランス核実験被害者代表Roland
Oldhamさんは、フランスが行った過去30年にも及ぶ計193回の核実験による島民4200人が受けた放射能被害を認め補償しようとしないフランス政府を厳しく批判。ヒバクシャは、南太平洋の島々にもいることを強調しました。グリーンピースのAdam
Dempseyさんはウラン採掘への危機感を語り、「国際平和巡礼」でオーストラリア、日本、アメリカ国内を徒歩で回ったBilbo Taylorさんは、核被害にあってきた人々との対話経験から、核が人類と共存できないことを、熱心に訴えていました。
最後にJfP代表の香寿代 Prestonさんが登壇、連日準備のために駆けずり回わっていた疲れを微塵も感じさせない堂々とした感謝と連帯のスピーチで締めくくりました。「たくさんの方の協力でイベントが実現できました。ここの会場では、異なったバックグランドを持った人たちも、若い人もご年配の方も気持ちをひとつにしました。わたし自身、夫、子どもを持ったごく普通の人間。でも平和はそんな普通の人々の意志で築いていけます」と力強く語りかけると会場から大きな拍手が返ってきました。フィナーレの「Give
Peace a Chance」の大合唱の中、大型スクリーンに映し出されたメルボルン在住の被爆者、みゆきLinsdellさん(85歳)の言葉「Never
Again」を後半降り出した激しい雨の中で参加者はかみしめていました。
出演者を取りまとめた坂本さんは「このような趣旨のイベントに参加できたことを光栄に思います」と繰り返していました。ボランティアとして参加した石井言絵さんは、「参加してからよく平和とか、日本人としての将来とか考えるようになりました。責任とか、希望とか」と述べていました。
以上紹介したコンサートのほかに、子どもたちのワークショップも近くのArtPlay で開かれ親子100名ほどの参加がありました。千羽鶴「サダコ」のお話を聞いたあと、鶴を折り、ランタン作りをしました。会場には折鶴プロジェクトに参加した地元の学校はじめ、遠くはワーナブルからも日本語を教えている先生が3時間もかけて会場まで届けてくれました。集まった折鶴は6千羽ほどにもなりました。これらの鶴は、イベントのプログラム、ポスターと共に広島、長崎市に送られます。
今年3月にできたばかりのJfPが取り組んだはじめての活動がこの大型イベントでした。最初は長年やっている先輩団体の後について何かやらせてもらうつもりで気軽に構えていたのですが、ヒロシマ、ナガサキ60周年は、やはりわたしたち日本人の手でという方向になリ、いつの間にか無謀とも思える大イベントに挑むことになっていました。集中した作業が続き、苦労も多かったけれど、その分喜びも大きく、たくさんの方とネットワークができ、可能性も拡がりました。
いま、わたしたち会員は「これは始まり。課題はいっそう増えた」という思いでいます。平和は人種、世代を超えたテーマであると同時に、日本人である以上負わされている戦争責任にも真摯に向き合っていきたいと考えています。オーストラリアで暮らしていると第二次大戦当時、日本軍にひどい目にあったという話をしばしば聞かされますが、こうした声に謙虚に答えてゆくことではじめて互いの理解が始まります。イベントの準備を進める中で、現地の人たちと協力する過程を学んできました。意見の違いは、それを主張しきるのでなく、歩み寄ることで調整してきました。これもひとつの平和活動であったと実感しています。
最後にイベント開催にあたり、たくさんの個人、団体からご寄付や、様々のご協力をいただきましたことをあらためてお礼申し上げます。なおわたしどものサイトでは、お世話になった方々のお名前を掲載させていただいております。またイベントの様子を記録したDVDを現在製作中です。15ドル(送料込み)で注文を受け付けています。お問い合わせは、info@jfp.org.au (中村ひで子 記)
筆者注:このレポートはメルボルンボイス9月号への寄稿原稿を元に大幅に加筆しました。
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